【1999年7月】現状有姿

現状有姿によって引き渡すと定められた建物の売買契約では、売主は瑕疵担保責任を負わないのでしょうか。

 現状有姿によって建物を引き渡すと定めて売買契約を締結した場合であっても、瑕疵担保責任を負わないとは限りません。ほかの条項次第では、瑕疵担保責任を負う場合もあります。

 さて、土地や建物の売買契約では、現状有姿によって物件を引き渡すと定められる場合があります。このような定めにつき、隠れた瑕疵があったとしても、売主は瑕疵担保責任を負わないことを意味するのだと理解されることも多いようです。

 しかしこの理解は必ずしも正しくはありません。

 戸建て建物の売買契約において、引渡し後、屋根裏に多数の蝙蝠(こうもり)が棲息(せいそ)していることが判明し、売主の瑕疵担保責任が認められた裁判例があります(神戸地裁平成11年7月30日判決) 。この売買契約には、『売買対象物件が平成7年1月17日に発生した兵庫県南部地震の震災区域内にあることを相互に確認し、本物件は現状有姿にての引渡しとする。本物件について万一、将来兵庫県南部地震を起因とする損傷が発見、発生したとしても買主は売主に対していかなる一切の苦情等を申し述べないこととする』との特約が定められていました。

 裁判所は、まず、「居住用建物は、人がそこで起居することを目的するものであり、人が生活する建物については一定の生物が棲息することは通常不可避であるし、生物が棲息したからといって当然にそこでの起居に支障を来す訳ではない、しかしながら、住居は、単に雨露をしのげればよいというものではなく、休息や団だんらん欒など人間らしい生活を送るための基本となる場としての側面があり、かつ、それが居住用建物の価値の重要な部分を占めているといえる。その意味で、その建物としてのグレードや価格に応じた程度に快適に(清潔さ、美徳など)起居することができるということもその備えるべき性状として考慮すべきである。

 そして、その巣くった生物の特性や棲息する個体数によっては、一般人の立場からしても、通常甘受すべき限度を超え、そのグレードや価格に応じた快適さを欠き、そこでの起居自体に支障を来すこともあるから、そのよ
うな場合には、かかる生物の棲息自体が建物としての瑕疵となり得るというべきである」として、多数の蝙蝠の棲息していることを瑕疵であると認定しました。

 続いて、「売主は、売買契約において、売主は現状有姿のまま引き渡せば責任を負わない旨の約定があり、蝙蝠の棲息が瑕疵にあたるとしても責任を負わない旨主張するが、本件売買契約における売主免責の特約は、兵庫県南部地震に起因する損傷についてのものであり、建物に蝙蝠が巣くったことが兵庫県南部地震に由来することの主張・立証はないから、右主張は理由がない」として、現状有姿によって引渡しを行う売買だからといって、瑕疵担保責任は否定されないとして、売主の責任を認めました。

 瑕疵担保責任を負わない特約を意味するものとして、現状有姿という文言を使うケースは、少なくありません。しかし、この事件において売主の責任が認められたように、現状有姿という文言には、必ずしも瑕疵担保責任を負わないとする意味が含まれているとは限らないのであり、売買の仲介業務を行うにあたっては、仲介業者は、誤解のないようにしなければなりません。

 なお、この事件では、買主は、仲介業者に対して、蝙蝠の棲息についての調査義務を果たしていなかったとして、損害賠償を求めていました。

 しかし、仲介業者に対する責任については、「一般的に中古住宅においては、通常の居住の妨げにならない程度で一定の生物が棲息していることは売買当事者として当然予想し、特段の注文をしない限り受忍すべき事柄であってそれ自体直ちには建物の瑕疵とはいえないのであり、不動産仲介業者が、業務上、取引関係者に対して一般的注意義務を負うとしても、一見明らかにこれを疑うべき特段の事情のない限り、居住の妨げとなるほど多数の蝙蝙が棲息しているかどうかを確認するために天井裏等まで調査すべきとはいえない。 」として、その責任を否定しています。