半年前に自殺のあった建物の売買について、「隠れた瑕疵につき一切の担保責任を負わない」という特約をつけておけば、買主に対して自殺の事実を説明しなくても、売主は瑕疵担保責任を免れることができるでしょうか。
「隠れた瑕疵につき一切の担保責任を負わない」という特約が付されていても、買主に対して自殺の事実を説明していなければ、売主は瑕疵担保責任を免れることはできません。
売買契約における瑕疵とは、売買の目的物が通常保有する性質を欠いていることをいいます。売買の目的物が土地建物である場合、建物が継続的に人の生活する場であるところから、建物として通常有すべき設備を有しないといった物理物欠陥のほか、土地建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景に原因する心理的欠陥もまた、瑕疵に含まれると解されています。このような瑕疵を心理的瑕疵ということもあります。
ところで建物内部で人が死亡したという事実については、死亡の状況、時期、地域性、購入後の利用予定などが考慮され、嫌悪すべき歴史的背景として心理的瑕疵に該当するかどうかの判断がなされます。
建物内での死亡が自殺であった場合には、特に瑕疵にあたるのかどうかの検討が必要になりますが、自殺があったからといって直ちに瑕疵になるわけではありません。例えば既存建物を取り壊し、新たな建物を建築してこれを第三者に売却するための土地建物の売買契約において、売買契約の2年前に建物内で首つり自殺があったことは、隠れた瑕疵には該当しないとされています(大阪地裁平成11年2月18日判決)。
他方農村地域の土地建物を永住目的で売買したケースについては、自殺行為が売買契約の6年11か月前に付属物置でなされたものであったとしても、そのいわくつきの建物をそのような歴史的背景を有しない建物と同様に買い受けることは通常人には考えられないことであり、買主もそのようないわくつきの建物と知っていれば絶対に購入しなかったものだとして、瑕疵担保責任が認められています(東京地裁平成7年5月31日判決)。また家族で居住するためマンションを購入したけれども、そのマンションのベランダで売主の妻が6年前に縊首自殺していたという事案でも、売主の瑕疵担保責任が認められています(横浜地裁平成元年9月7日判決)。
ご質問の事案と類似のケースでは、売主の責任が肯定されています(浦和地裁川越支部平成9年8月19日判決)。
このケースは、平成6年7月に建物内部で売主の家族が自殺していた建物とその敷地に関し、「老朽化等のため建物の隠れた瑕疵につき一切の担保責任を負わないものとする」という特約を付け、平成12年に売却した事案でした。売主は、価格を決めるに当たり自殺という出来事を考慮はしていたものの、交渉の過程においては、自殺があったという説明をしなかっただけではなく、この出来事を示唆するような言動が全くありませんでした。老後を送る閑静な住居を求めていた夫婦が買主でしたが、売買契約の後に自殺という出来事を知ったために建物を取り壊して土地は第三者に売却した上で、売主に対して損害賠償を求め、訴訟になりました。
裁判所は「売主は、不動産売却に当たり、自殺という出来事を考慮し、建物の価格はほとんど考慮せずに売値をつけ、建物の隠れた瑕疵につき責任を負わない約束のもとに本件不動産を原告に売却したのではあるが、売買契約締結に当たっては、土地及び建物が一体として売買目的物件とされ、その代金額も全体として取り決められ、建物に関し右出来事のあったことは交渉過程で隠されたまま契約が成立したのであって、右出来事の存在が明らかとなれば、さらに価格の低下が予想されたのであり、建物が居住用でしかも右出来事が比較的最近のことであったことを考慮すると、このような心理的要素に基づく欠陥も民法570条にいう隠れた瑕疵に該当するというべきであり、かつ、そのような瑕疵は、右特約の予想しないものとして、売主の同法による担保責任を免れさせるものと解することはできない」と判断しました。
自殺の事実を宅建業者が知っていたときには、買主に自殺の事実を知らせずに土地建物を売却してしまった場合、仲介者としての説明義務違反を問われる可能性があることにも注意が必要です。